【レポート】1月21日 日本医学ジャーナリスト協会 新年賀詞交歓会

更新日:2020年8月5日
お知らせ・セミナー セミナーレポート

2020年1月21日(火)
【特定非営利活動法人日本医学ジャーナリスト協会
新年賀詞交歓会】

ゲスト講演 伊藤隆氏(一般社団法人日本東洋医学会会長) 
「漢方薬の価値と漢方医学の貢献」
会 場:日本記者クラブ 会見場(日本プレスセンター10階C・9階会見場)

新年賀詞交歓会ゲスト講演

「漢方薬の価値と漢方医学の貢献」
伊藤 隆(いとうたかし)先生(日本東洋医学会会長、証クリニック総院長)

報告・増田美加(医学ジャーナリスト協会会員・医療ジャーナリスト)

日本人の約70%は、漢方薬を使用した経験があると言われ*1、各診療科に渡って日本の医師の81.2%が漢方薬を日常診療で処方した経験をもっています*2。 日本独自の伝統医療である漢方は、KAMPOと英語でも発音され、中国や韓国のそれとは区別されています。2019年には、WHOのICD-11でも漢方、鍼灸を含む「伝統医学」の章が新設。しかし現在、日本の漢方医学、漢方薬事情は危機的な状況にあります。その現状とともに、漢方医学が現代医療に果たす役割を伊藤隆先生がお話くださいました。

●西洋医学と漢方医学が融合し幅が広がった日本の医療

漢方医学がおかれた現状は、その成り立ちと西洋医学との関係を知ることで理解できます。
漢方は、治療に対する人間の体の反応を土台に体系化した医学です。古代中国に発するこの経験医学が日本に導入されたのは、5~6世紀ころ。日本の風土、気候や日本人の体質に合わせて独自に発展し、日本の伝統医学となりました。17世紀ころ、大きく発展して体系化され、現代へと継承されています。

“漢方”という名称は、日本へ伝来した西洋医学の“蘭方”と区別するためにつけられたもので、もちろん中国の伝統医学である“中医学”とも異なります。その後、西洋医学と融合し、まさに漢方は日本独自の医学となりました。西洋医学の医師が漢方薬を処方する国はほかにはありません。漢方薬は、医療用漢方製剤として1967年に国に認められてから、現在、漢方薬の148処方に健康保険が適用されています。

このように、西洋医学中心となった医療の中で、漢方医学も広がってきた歴史があります。例えば、血圧を下げる、細菌を殺す、精密検査をするなど、西洋医学の得意分野では西洋医学で対応。西洋医学では対応しにくい不定愁訴や検査には表れにくい不調は、漢方医学で治療する。こうすることで治療の幅が広がることから、医師が日常診療で漢方薬を使うケースも増えてきました。実際に両者を併用することで有効であったケースが数多く報告されています。

●医療費削減に貢献できる漢方薬の特徴

西洋薬は大抵ひとつの有効成分で作られ、血圧を下げたり、細菌を殺したり、熱や痛みを取ったりするなど、ひとつの症状や病気に対して強い効果があります。また西洋薬のベースとなる西洋医学では、患者の訴えのほかに検査を重視し、その検査結果から病気の可能性を探ったり、治療法を考えたりします。検査結果や数値などに表れるような病気が得意です。このことからエビデンスがとりやすい領域でもあります。

一方、漢方医学は、患者の病状(訴え)や体質を重視し、その結果から処方します。そのため、体質に由来する症状(背後に病気のない生理痛や冷え症、虚弱体質など)、検査に表れない不調(更年期障害の症状など)への治療が得意。漢方薬は1剤に複数の有効成分が含まれ、多様な症状や複数の病気が改善されることがあるのも大きな特徴。これは医療費削減に大きな役割を果たします。例えば「牛車腎気丸」は、腰痛や頻尿、手足のしびれによく使われますが、飲んでいると疲れやむくみなど、複数の症状が同時に改善されることがあります。また、漢方薬は女性や高齢者の不調も得意分野。これからの社会では女性の活躍は益々期待され、高齢者問題も喫緊の課題。漢方薬の必要性はさらに増していくはずです。

●エビデンスのある漢方薬も増え

特に、漢方薬の得意分野である女性の生理周期による不調や更年期障害の治療、高齢者医療、がんの副作用対策の治療(支持療法)の分野で、臨床研究が行われ、“エビデンスのある漢方薬”が増えています。その筆頭に上がるのは、「大建中湯」「抑肝散」「六君子湯」「牛車腎気丸」「半夏瀉心湯」「五苓散」「加味逍遥散」など。
いずれの漢方薬もランダム化比較試験(RCT)で効果が認められたり、複数の「診療ガイドライン」で治療薬として掲載されています。ICD-11への掲載をきっかけに、さらに“エビデンス漢方薬”が増え、私たちへの医療の幅が広がって行くことが期待できます。

●生薬の高騰で漢方薬、安定供給の危機!

ところが近年、漢方薬の原料となる生薬が急騰し、レアメタル化。中国からの輸入に頼っている生薬の価格は、2011年以降は2006年の2倍以上。最も高価な人参に関し て言えば5倍以上に高騰*3。購入価格の高止まりが恒常化している現状に。しかし頼るべき国内産の生薬の生産量は全体の2割にも及んでいません。一方で、追い打ちをかけるように、国が決める漢方薬の薬価は、1996年を100とすると16年間で約36%下落*4。原価率上昇により、医療用漢方製剤製造・販売企業の経営を圧迫。漢方薬の製造から撤退する企業も出てきています。今後も中国産生薬への依存が続くと、日本における医療用漢方薬の安定供給が難しくなる懸念が大きいのです。

「日本で漢方薬を西洋薬と同等に扱ってきた施策の長所には、保険診療の中で西洋薬と伝統薬である漢方薬を使い分けられる医療を実現したこと。短所としては、大量生産できない農作物に対して、薬価を削減していくルールが生薬の国内生産を崩壊させた点です」と伊藤隆先生。

●保険適用の維持が副作用の歯止めに

これにさらに輪をかけて、近年たびたび国による漢方薬の保険適用除外という議論が起こっています。2009年には、漢方薬保険適用除外反対署名運動が起こり100万人の署名が集まり、漢方薬の保険適用は維持されました。しかし、2019年OTC類似薬として財務省より漢方薬の保険除外検討が再燃。

副作用の点から見ると、OTC薬を含む一般用漢方薬の副作用発生件数は、医療用漢方薬に比べて割合が多くなってきており、医療用漢方薬が0.42%に対し、一般用漢方薬は14.6%に副作用が起こっています。一般用漢方薬の副作用は2005年から徐々に上昇し、副作用件数の割合は2014年現在で15%に。副作用の面から見ても、医療用漢方薬を維持していく重要性がわかるデータです。

こういった問題を踏まえて伊藤隆先生は、「漢方医学が日本の医療に貢献できることは複数ある」と言います。「医師にとって漢方医療を行うことは、自己成長が自覚できる場となる。さらに、処方薬剤を減らすことができ、薬を大事に用いることができる。患者にとっては、自然治癒力に対する信頼回復の機会となる。そして、国にとっては、真の医療費削減に貢献できる」と締めくくりました。

*1「漢方薬定点観測調査結果報告書」2012年4月27日ツムラ資料
*2 m3.com医師会員への意識調査 2017年3月
*3 ツムラ2014年度決算説明会資料
*4 厚生労働省データ+日漢協調査 平成20年度